私は旅先のスーパーに立ち寄ることが大好きです。なぜならば、置いてある商品を見ると、その地域の食文化が端的に垣間見え、お気に入り商品を発見できるかもしれないからです。たとえば、農業地帯のスーパーに入ると農作物の販売が大袋入りで豪快で、一つ一つのサイズも大きく見えます。店内を歩いていると、知らない穀物が置いてあるのを見つけました。店員さんに、「どう調理して食べるのですか」と尋ねると、他の穀物と同様に調
社員旅行で行った台湾3日間ツアー... の続きを読む
これまで宿泊産業という用語を用いてきたが、これは法律上の用語ではない。日本標準産業分類によれば、宿泊産業は「旅館その他宿泊所」と呼ばれ、また宿泊営業の基礎となる『旅館業法』によれば「旅館業」という呼称が用いられている。『旅館業法』は、宿泊業全体を主として公衆衛生の見地から取り締まるために、昭和二十三年に制定された法律であり、現在でもすべての宿泊施設の営業は、同法に基づく都道府県知事の許可によってい
『旅館業法』とは... の続きを読む
日本海縦貫線は1972年(昭47)秋に全線の電化が完成、その直後に電車特急〈白鳥〉を大阪から青森まで全区間乗車して取材した。ロマンスシートにくつろぎ、食堂車で昼食と夕食を賞味することもできたが、長駆1059・5キロメートル・13時間40分の旅はさすがにつらかった。息の長い北辺の急行列車で初代は1947年(昭22)に函館〜旭川間に登場(1951年に〈大雪〉と命名)、1963年(昭38)に札幌〜網走間
〈大雪6号〉の最大の特色は・・・... の続きを読む
温泉地、湯治場によってはさまざまな温泉利用法があります。そのおもなものを挙げてみます。蒸し湯温泉の蒸気を浴室に引き込んで浴びる蒸気浴のことです。いまでいうミストサウナですね。江戸中期ごろまでは、温泉のない都市部で風呂といえば、この蒸し湯を指していましたので、日本人のDNAが記憶している懐かしい風呂といってもいいでしょうね。かつて瀬戸内海地方では、波打ち際の洞窟で木を燃やし、熱せられた岩に海水をかけ
蒸気を浴室に引き込んで浴びる蒸気浴、蒸し湯... の続きを読む
徳島県以後の札所、薬工寺門前に古くから湧き出ていた、空海ゆかりとされる冷泉が薬王寺温泉だ。一軒宿の名前をとって千羽温泉とも呼ぶ。JR牟岐線日和佐駅の裏手、山を背に建つ薬王寺のシンボル「瑜祇塔」下に、一軒宿「ホテル千羽」の「湯元」の看板が目に飛び込んでくる。「ホテル千羽」は立ち寄り入浴ができ、併設する食堂はお遍路さんだけでなく、「厄除けの寺」として有名な薬王寺参拝客でにぎわう。源泉は一七度の硫化水素
薬王寺の門前に湧く温泉... の続きを読む
異なった泉質の源泉をもち、三ヵ所も風呂場があるような宿は、より湯治力のある宿なのです。青森県の酸ヶ湯温泉の総ヒバ造りの千人風呂には、異なった泉質の浴槽が複数あります。それぞれ、好みや症状に合わせて入浴することができるなど、やはり湯治場として横綱級です。風呂の数ということでいえば露天風呂があります。昨今は、温泉といえば露天風呂を思い浮かべる人が多く、相変わらずの人気です。露天風呂が好まれるのは内風呂
露天風呂の歴史はせいぜい二十年です... の続きを読む
JRの車両なので、三号車ドア付近にはグリーン車の四葉マークがついていた。ドアは車両の片隅近くにあって普通の位置であり、中もシンプルに階段だけがあり、二階へ入るようになっている。驚くべきは車体外観のデザインで、二階と一階の窓が一つになったように見える大胆なものだ。沿線で走っているところに出会うと意表をつかれ、誰もが驚いた顔で振り返る。グリーン車だけあって、二階席は、通路を挟んで二人掛けと一人掛けの席
二階と一階の窓が一つになったように見える斬新なデザ... の続きを読む
現在の株式会社日本旅行の前身「日本旅行会」をはじめ、関西に100社、関東に50−60社の旅行業者があったという。ジャパンツーリストビューローのように官に支えられた確かな団体ではなく、また2000余名をこす職員をかかえるような大世帯でもなく、ほとんどが家族規模の零細な組織である。それらの旅行業者ともいえない小規模旅行業者も、昭和16年夏頃に国鉄・運輸関係官庁に呼び出されて軒なみ解散を勧告され、廃業に
昭和の「新文化」である旅行... の続きを読む
15世紀末ごろから畿内とその周辺地域では、農村の自治組織として「惣」が誕生し、集落単位の集まりは「惣村」と呼ばれた。加賀国は、一向一揆によって100年近く「百姓の持たる国」といわれたように、惣村的な結びつきがとても強かった地域である。山中温泉の湯坪も、惣村全体の人々が共同利用するので「惣湯」と呼ばれるようになる。惣湯は惣村の人々によって維持され、江戸時代にはたびたび改修されて、男女別に仕切られるよ
「湯坪」から「惣湯=総湯」へ... の続きを読む
伝統的共同湯とは、温泉地の始まりから存在している、入浴主体の温泉共同利用の場をいう。これが、温泉地の出発点であることは、読者にはもうおわかりだろう。源泉の権利と浴舎は、ともに、温泉地の住民主体の「温泉財産区」「温泉組合」などが共同所有し、維持管理してきた。温泉宿以外に、地元住民に毎日利用されている地域密着型の共同湯が今も存続しているのは、温泉地に源泉の湯量が確保されている証拠だ。共同湯の数が多けれ
温泉の原点「共同湯」... の続きを読む
築地市場に詳しい総支配人がそのアイデアを生かしたのが、1日1組のゲストのために、シェフが築地市場に出向いてオーダーメイドメニューを創り上げるという「オーダーメイドフレンチ」だ。更に、クリスマスーシーズンには「ゴージャス&ホーミー」と名付けた1日1組限定、宿泊費60万円という宿泊プランも出す。これは、159平方メートルあるプレミアムースイートでの宿泊、ジェーンーパッカーフラワーズーデザインによるテー
「土地」の特性を生かす... の続きを読む
455室の規模を持つ老舗のキャピトル東急ホテルは、2006年11月を機に一度閉館し、4年後2010年に、現在の地に親会社の東京急行電鉄が建てる超高層ビルの最上部に、外資系に対抗する240室前後のスモールラグジュアリーホテルとして生まれ変わることになった。赤坂・日枝神社の小高い丘に建つ同ホテルの地は、昔から星のよく見える景勝地として「星ヶ岡」と呼ばれた。大正末期に、陶芸家であり希代の美食家として知ら
惜しまれつつ閉館するキャピトル東急... の続きを読む
空港は、便利で利用が増えてくると混雑が増して快適さが阻害されるし、規模が大きくなると移動距離が長くなって疲れる上にわかりにくくなるというジレンマに陥る。IATAの「空港好感度調査」で上位に入るのは、中規模の空港が多いことからも理解できる。大規模空港として快適なのは、やはりアムステルダムースキポール、シンガポールーチャンギ、デンバーがベスト3だろう。スキポールはいろいろな設備、店舗がたくさんあるにも
広々とした空間が快適... の続きを読む
「もはや戦後ではない」といわれた昭和三十年代。「大きいことはいいことだ」というテレビコマーシャルが一世を風靡した高度経済成長期、旅館もまた、当然のように競って大型化を進めた。日本人の住まいの目標が2DKとなり、既にそれを実現している家庭が出てきたとなれば、住まいよりも更に魅力のある宿にしなければならない。そういう意味では住宅事情の改善が旅館を豪華なものにしたともいえる。家に内風呂がなく、銭湯通いが
高度経済成長期に大型化が始まる... の続きを読む
ロテル・ド・比叡は見晴らしのいい場所にある素晴らしいオーベルジュである。私はこのホテルの前身であった比叡山国際観光ホテルに2度ほど訪れたことがあった。昭和34(1959)年に、関西の政財界人が「京都にもリゾートホテルが欲しい」と出資し合ってできたのがそのホテルで、ロビーの壁面には古代葵祭行列の図を織物で表現するなど(ちなみに、その織物装飾は初代のものと2代目のものがあって、初代のものは今日同じもの
本場フランスのオーベルジュ... の続きを読む
話題は避暑地の軽井沢から一転、ここは梅雨空か明けた炎天下の沖縄。沖縄本島と周辺の島々を含めて、20数軒のリゾートを取材したことがある。優雅な高級会員制リゾートや涼しげな軽井沢とは違って、暑さと闘いながらの過酷な取材となった。そして、暑さで頭の働きが停止し、どれも同じようなリゾートに見えて、魅力を感じなくなってしまう事態に陥ってしまった。それぞれのホテルの前の砂浜や海はきれいだし、恐らく施設だって、
金太郎飴リゾートはたくさん... の続きを読む
航空会社では、これ以外にもいくつかの割引運賃メニューがあり、内容、条件、登録手続きは、各社の時刻表で説明されている。誰でも利用できるものとしては「回数券」だが、スカイマークや北海道国際航空(エアードウ)では早朝、深夜の割安運賃を設定している。割引率は大きくないが、当日でも購入可能な点がメリットだ。新しい傾向の割引運賃としては、インターネットなどでの予約によるインターネット運賃(最大二九%引き。日航
もっとも安い運賃を探そう... の続きを読む
海外旅行に基本の三種類の薬は持っていくのが原則ですが、その薬が足りなくなったら、たいていの市販薬なら現地の薬局で買えます。空港には必ず薬局がありますし、どの国にも日本と同様、町なかには薬局があります。ヨーロッパ、アジア諸国では、緑十字のマークが薬局の目印です。また、アメリカやハワイでは、スーパーマーケットの一角が薬局になっています。薬品名(商品名)は、各国でさまざまですが、成分名は共通しています。
現地では成分名で薬を探す... の続きを読む
東に志賀高原の山並みが幾重にも重なり、南西に戸隠、妙高、黒姫山など北信五岳とアルプスを遠望する夜間瀬川右岸の高台に開けた湯田中温泉。早くから草津街道の宿場として栄えた温泉場だ。湯田中温泉の発見は古く、天智天皇の時代(在位六六八〜六七一年)に、僧智由によって発見されたと言い伝えられる。智由はこの湯を「養退齢」(長寿のこと)と名づけた。現存する共同浴場「大湯」のことである。当時、湯田中の風呂は大湯だけ
一三〇〇年前に発見された古湯... の続きを読む
貝の中から現れたのは、指輪だった。部屋のスタンドの光を受けてまぶしく輝いているのは、大きなダイヤモンド。貝から生まれたビーナスのように、その指輪は清らかな美しさに満ちていた。指輪の入った貝を手のひらに乗せたまま、彼女は小さく肩を震わせた。言葉にならない感動が、彼女の全身からあふれ、部屋を満たしていた。「結婚、してほしい」。彼はそんな彼女に声をかけるのをはばかるように、小さな咳払いをひとつしてから、
「あなたの妻になれる私はとっても幸せ」... の続きを読む
ホテルの玄関にはドアマンがおしゃれな制服でずらりと並んでゲストを迎える姿がある。さわやかな笑顔と、すぐに荷物に手が伸びてくる礼儀正しさに、女三人、一斉に心をときめかせてしまうのは昔どおり。女性はいくつになっても男性に親切にされるのが好きなのだ。案内されたフロントで、若い女性に「レディースプラン」の予約であることを告げる。セミスイートでひとり一泊一万円台は破格なのに、ほかのゲストと何ら変わらない丁寧
女三人、ときめく心... の続きを読む
私は一九九八年から一年八カ月をかけて、全国二五〇〇湯の温泉を集中的に巡った。私の狙いは日本の温泉の現状を短期間に自分の体でたしかめることにあった。その旅の以前から各地で循環風呂が増殖していたのは知っていたが、その実状を目の当たりにした驚きは大きかった。月に一、二度しか湯を取り替えない循環風呂は、安全性を保つため塩素の量を増やさざるを得ない。塩素の量を加減したりすれば、静岡や茨城で起きたような事故に
温泉のディスクロージャーを... の続きを読む
昔ならば一週間から三週間にも及ぶ長期間をこの非日常生活に当てたのですが、テンポの速い現代においては二泊三日、三泊四日だっていいのです。一時的ではあるけれども日常から離れ、自分を見つめ直す。時代の要請でもあるスローな暮らしには、湯治場がぴったりだと思いませんか。つねづね私は、「できるビジネスパーソン」は休暇の取り方が上手である、上手でなくてはこの時代を生き抜いていけないと感じていました。上向きの時代
二泊三日、三泊四日だっていい... の続きを読む
青空や星空の下、周囲の山や海などを眺めながら浸かる露天風呂は、まさに野趣満点。そもそも天然の温泉は人間が建物をつくる前からそこに湧いていたわけですから、最初はすべて「露天」でした。だからこそ露天風呂に「野性」を感じ、それがある温泉宿を選ぶ人が多いのだと思います。ですから、ここで私が「露天風呂には要注意」などといったら、たいていの人がビックリするにちがいありません。温泉は自然の恵みだと何度も強調して
露天風呂には要注意... の続きを読む
海外旅行をすると、食事がどうしても口に合わなかったり日本食が恋しくなったりしますよね。そういう場合は日本食レストランやアジア系のレストランを迷わず利用しましょう!海外のレストラン(オーストラリア)でウエイトレスとして3年ほど働いていましたが、日本人のお客さんに是非知っておいて欲しいことがあります。おそらく、オーストラリアやヨーロッパ、カナダはおそらくこのスタイルだと思いますが、アイスコーヒーを注文
海外旅行で是非知っておきたいこと... の続きを読む
海外旅行の国内旅行と違う魅力は、異文化に触れることができるということです。今まで自分が生活してきた習慣とは違う場所で生活するということは、とても貴重な体験です。また、その土地ならではの風習などには、滞在している期間は公共の場所では、できるだけ従わなくてはいけません。服装なども場所によっては、肌を露出してはいけない場所や食べてはいけないものがあったりします。そのため、旅行に行く前には、必ずその土地の
風習を勉強してから行く海外旅行... の続きを読む