「幾らかかるのだろう」とか「カードは使えるだろうか」などと、びくびくしながら遊んだとしても、それは心底遊んだことにはならない。もうそろそろ、“京都旅のスペシャル”として「祇園」を引き合いに出すのは卒業したほうがいいのではないだろうか。京都で過ごす特別な時間。それはとても贅沢なことではあるけれど、特別なコネクションも要らなければ、湯水のごとくのお金も必要としない。ほんの少しだけ、普段の旅にオプション
ほんの少しの加算で極める「特別の京都」... の続きを読む
あれは2001年のことだったか、伊豆半島の北部を流れる狩野川の中流域を地元の人たちと20人ほどで自転車で見て回っているとき、誰かが川の中を指差すので、見たら、なんと鹿が数頭、浅瀬を走っているではないか。やがて彼らは、川原の中にある深い叢に消えていったが、その辺りは川至近を国道が通り、反対側には温泉地としても有名な町の住宅街が広がっているところだった。ふつうはそんな野生動物などいないはずなのだが、「
下流や河口の風景の魅力... の続きを読む
何も錦市場だけが京都の台所であるわけではなく、寧ろこうした地元に愛される市場に本物の京都があるのであって、だからこそお土産に最適な品々もここで求めることが出来る。例えば「満月」の「阿闇梨餅」。錦市場でさえ売っていないそれを、この市場内の食料品店の「マツヤ」では、ちゃんと売り場まで作って、しかも一個からバラ売りするという細やかな心遣いは嬉しい限りだ。さすがに地元客には、そう頻繁に売れるものではないの
阿闇梨餅の紹介... の続きを読む
私はウイスキー会社の宣伝部に勤めていたが、そのころはサケにあまり強くなく、ビールがいちばん好きで、ウイスキーのように強いサケは飲むとすぐ酔っぱらってのびてしまっていた。今の呑んベエはウイスキー会社のせいでなく、実に船旅をしていて育ったのだと思う。ほとんどの船旅が日本人の乗っていない客船に私一人日本人、言葉もあまりよく通じない。その緊張感をほぐすためにサケを飲んだ。私にとってはそういうきっかけがあっ
船旅とサケはぴったりと合う... の続きを読む
知恩院から続く古川町商店街は、アーケードを仰ぎ、ごくありふれた店が立ち並ぶ、観光客とは無縁の商店街だが、この一角に、界隈とは全く異質の店がひっそりと暖簾を下げている。それが「虚無蕎望なかじん」。最近京都で人気の蕎麦屋だが、極端に品数の少ない、今どきの哲学的な蕎麦屋とは一線を画す、愉しい店。ゆえにここでは蕎麦屋としてではなく、日本料理の店として紹介する次第。昼は幾品かのアラカルトもあるが、基本的には
虚無蕎望なかじん... の続きを読む
あたりまえと言えばあたりまえだが、電車や列車が通っていないときの線路というのは、不思議なくらい静かだ。線路もまた都市空間における開放系の環境だろう。過密ダイヤの複々線などでは、なかなかそうは言えないだろうが、確かに電車や列車が来ていないときの線路というのは、静寂さに満ちているし、見方を変えると、第2の自然といった趣もある。海辺においては、打ち寄せる大洋からの波が一定のリズム感を表現したり、風の強い
線路沿いのルート... の続きを読む
私は、中学生の時、ずっと楽しみにしていた修学旅行に行けませんでした。理由は、修学旅行の出発日の2日前から、風邪を引いてしまったからです。熱が下がれば行けたかもしれないのですが、38度あったので、やむなく諦めました。行き先は、長崎でした。仲良しグループで夜部屋で話をするのも楽しみでした。仲良しグループの友達はお土産を買ってきてもくれてとても嬉しかったのですが、修学旅行先での楽しそうな話を聞くと、とて
修学旅行の代わりに家族旅行... の続きを読む
母と子供2人との家族旅行はいつも県内か遠くてもお隣の山形県くらいです。というのは、私は高速道路が苦手で遠出できないのです。高速道路を走っているとだんだん速度が落ちて80キロから60キロくらいへ・怖くなってしまうのです。でも近場でもこだわりはあるので行くときはインターネットでいろいろと調べまくります。温泉好きで食に目がない母と子供たちも楽しみがある温泉旅館やホテルを探すのが大好きなのでいつもついつい
運転苦手な私の家族旅行... の続きを読む
ギリシャへ家族旅行に行った時の話ですが、ギリシャまで来て母と大喧嘩してしまいました。きっかけは些細なことなんです。もちろん、2人とも英語は話せませんが、道を尋ねたり、お店の方に質問するのも私の役目でした。ギリシャのお土産店で、お気に入りのオリーブ石鹸を購入しようと思い、レジでお金を払い、その後、お店を出てから気づいたんですが、その石鹸が2ユーロほど高く計算されていました。それに気づいた母に私は、「
せっかくの家族旅行で大喧嘩!... の続きを読む